trip 03


夕焼けに染まる道を、三人を乗せたバスがゆっくりと進んでゆく。
隣に居る日番谷の白銀は、橙色に色づき、一護の橙も一層鮮やかさを増していた。

バスが揺れる度、肩に寄り掛かる日番谷の頭がこくりと舟をこぐ。疲れてしまったのだろう、帰りのバスに乗ってから数分して、日番谷は眠ってしまった。
会話も無く、一護と祖母は窓の外を眺めながらバスの行方に身を任す。
ふと隣を見ると祖母も疲れたのか、うとうとしていた。



(何だろ……なんかすげえ、保護者になった気分……)



日番谷の体重を感じながら思っていたことだが、隣で祖母までもが眠ってしまうと思うと、余計にその感覚が増す。
それにしても、こうみると日番谷は本当に子供だ。黙ってたら可愛いのになー、など、本人に言ったらキレられそうなことを思ってみる。
あの厳格な十番隊長も、現世に来たら只の子供。一人で勝手に考えて、苦笑していると不意にバスが停まった。

このバスは直行という訳ではないが、空座町とひまわり畑以外の場所から乗る者は滅多にいない。
珍しいな、そう思いながら乗車してくる黒髪の少女を見ていると目があった。
少女は、にこりとほほ笑むと一護の方へと歩み寄ってくる。



「こんにちは、黒崎くん。日番谷くん寝ちゃったんだ?」

「雛森!」



五番隊副隊長、雛森桃。その姿を認めて、一護は思わず立ち上がってしまった。
死覇装ではない、淡い桃色のワンピースに身を包んだ、現世のスタイル。義骸に入っているのだろう。
一護が経ちあがったせいで、当然支えるモノがなくなった日番谷はシートの上に横たわる。
思わず「あ」と声を発しながら振り返るが、彼は依然として寝息を立てていた。

取り敢えずふう、とため息をつき、雛森に向き直る。



「迎えが来るって聞いてたけど、お前の事だったんだな」

「うん。なんか話聞いてびっくりしたよ。とにかく何事もなくて良かったよ」



雛森はそう言って笑うと、舟を漕いでいる祖母の隣に腰掛ける。
一護も日番谷の体勢を直してやり、再び腰かけた。
何をしても目覚めない様子の日番谷は、先ほどよりも一層一護の方に傾いてくる。
出来心で窓の方に寄せてみると、思いのほか勢いよく傾き、彼は思い切り窓に激突してしまった。

流石にこれには目を覚ました日番谷は、ガラスに打ち付けた額を押さえて唸っている。
悪いことをした……一護はその様子を見て申し訳なく思いながら、顔を覗き込んだ。



「わ、悪い冬獅郎……大丈夫か?」

「黒崎てめえ、俺に恨みでもあんのか?」

「ねえけど……ごめん」



今のは本当に痛かったのだろう。日番谷の額は若干赤くなっている。
日番谷はため息をつくと、先ほどよりも暗くなってきた窓を眺め始めた。
ガラスに映るその表情は、不機嫌且つ眠そうだ。眠気と、起こされたことによって虫の居所は悪いかもしれない。



「おはよシロちゃん! お疲れ様!」

「あ……? 雛森……?」



声をかけない方が無難かも、そう思っている矢先に、雛森が身を乗り出して声をかける。
日番谷は視線を雛森に向けると、眉間のしわを一層深くして彼女を見た。



「何でそんなとこに座ってんだ? つーかいつの間に来たんだ……?」

「ついさっきだよ。話聞いたけど、シロちゃん何かしたの?」

「なにもしてねーよ。つーかシロちゃんじゃねえ、日番谷隊長だ」



ふう、とため息をつき、ふたたび窓の外に視線を戻してしまう。
ひまわり畑からは大分遠ざかり、既に空座町に入っているため、見えるのは民家ばかり。
そろそろ7時になるため、仕事を終えたサラリーマンが多く見られる。

雛森は、やはり不機嫌そうな彼を全く気にせず、笑いながら話しかけた。



「そんなこと言われても、その格好じゃ隊長なんて思えないよ」

「ああ!?」

「静かにしないとおばあちゃん起きちゃうよ?」



確かに、今の日番谷の恰好は、只の子供にしか見えなくもない。
日番谷は、雛森の一言に敏感に反応し、立ち上がったが、彼女に指摘されて口をつぐんだ。
黙って腰掛ける様子を見ながら、一護は呆然と考える。

恐ろしくて言えもしなかった一言をさらりと言ってしまった雛森。更にはキレかけた日番谷をあっさりと鎮めてしまうのだから、流石幼馴染はだてじゃない。
大人しそうな顔して、すげえしっかりしてるのかも。つーか素直にすごい。一護は雛森を見ながら感心してしまう。



「どうしたの? 顔に何かついてる?」

「な、何でもねえよ!! あ、ほらついたみたいだぜ! 行くぞ冬獅郎!」

「ちょ、黒崎!?」



無意識のうちに眺めていた一護は、視線を合わされて慌ててしまった。
一護は前方に迫っている停留所に気がつき、バスが停まる前に日番谷の手を引いて立ち上がった。



 ***



辺りはもう、すっかり暗くなってしまっている。
本当に疲れ切ったのか、祖母は日番谷の背中で眠ったままだ。

驚いたことに、義骸を脱いだ雛森は流魂街での私服を着ていた。念のために持ってきたのか、腰には斬魄刀、飛梅が差さっている。
一護と別れ、流魂街に戻ってきた日番谷たちは実家に向かっていた。辺りには草が生い茂り、鈴虫が鳴いている。
時折、蛍の小さな光が目の前を舞った。



「久しぶりだね、三人そろうのって」

「そうだな、下手したら一年くらい三人で顔を合わせることはなかったんじゃねえか? 忙しかったし、休み会うこともなかったしな」



足元に居た小さな蛍が、夜空に向かって飛躍する。
今日は星が綺麗だ。



「つーか何でお前が迎えだったんだ? 俺は松本を呼んだはずだったんだが……」

「なによ、あたしじゃ不満だった?」

「んな事言ってねえだろ……あの野郎、こんなことまで面倒がるのかよ」



どこまでサボりたいんだ、あいつは。つーか自分がいない間もちゃんと仕事をしているのか?
一気にいろいろなことが心配になり、日番谷はためいきをつく。
3日間休みがあるが、一日早く帰った方が無難な気がする。どうしようか。



「面倒とか、そういう訳じゃないと思うよ」

「どうだかな」

「乱菊さんなりに気を使ってくれたんだよ。あたしよく乱菊さんと甘味処行くけど、この間三人で会うことがないって話してたんだ」



松本がそんなことで気を使うか? そう思ったが、不意に彼女の声を思い出す。
雛森でもそちらに寄越します。一見して抑揚なさげだったか、彼女のその声は少しだけ弾んでいた。
何か企んでいる、と言うよりサプライズでもしてやろう、そんな感じの声。

彼女なりに考えて、三人で会えるようにしてくれたのか。



「乱菊さんはいい副隊長だよ?」

「サボることは致命的だろ」

「いいじゃない、乱菊さんなんだから」



なんだそりゃ。確かに真面目に働く乱菊も考えられないが、それでもあのサボりグセは困る。
少しは真面目に働く雛森を見習ってほしいモノだ。



「でもおかげで、今日から3日間休み貰ったんだよ? 乱菊さんに感謝しなきゃ」

「う……なんかこええな、後でいろいろ追求されそうだ」

「またそんなこと言って……て言うか日番谷くん、休みでも斬魄刀くらい持たなくちゃ!」

「流魂街に出る虚なんてたかが知れてるだろ。鬼道で十分だ」

「なによその自信」



休みの日まで虚に追われてたまるか、そう言うとため息をつかれる。
ふと、空を見上げると幾つもの星が瞬いていた。ここはいつも星がきれいだ。
小さい頃はよく屋根の上に登って見上げていた。そんなことを思い出す。



『ヒマワリが似合う子だねぇ……』



ふと、祖母が言っていたことを思い出す。



『ヒマワリみたいに明るくてあったかい。いい友達を持ったね、冬獅郎』



一面に咲き誇るヒマワリを見ながら、祖母はそう言っていた。
それが一護の事を指しているのだと気がつくまで、少し時間がかかってしまったが、確かに一護はヒマワリが似合う。



「ヒマワリみたいに明るい……か」

「へ?」

「いや、何でもねえ……」

 

 

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