trip 02


「へー、そんなことがあったのか」



あの後日番谷たちは、一護の案内で地元のファーストフード店に入っていた。
どうやら彼は、学校の帰りに買い物を頼まれ、この商店街にやってきていたらしい。
それにしても一護の姿を見て安堵するとは、この先あるかないかの稀少な経験だ、と日番谷は思う。
何しろここに一護が居ると言うことは、日番谷も唯一地形がわかっている空座町と言うことだ。
知らない場所と言うよりも、見知った場所だとわかるとこうも気が楽になるモノなのか。



「それで冬獅郎着物着てるのか。それが尸魂界での私服か? すげー、初めて見たかも。なんかすげえ」

「お前はさっきからすげえしか言ってねえな」



え、お前ら飛ばされて来たの? なんかすげー。
冬獅郎のばあちゃん!? すげー初めて見た!!

先ほどから一護はそんな感想ばかりを述べている。
しかしなんだか今日は一護のテンションが高い気がするのは気のせいだろうか。
祖母など日番谷の隣で「面白い人だねー」と笑っている。



「で、ちゃんと尸魂界に帰れるのかよ?」

「それは問題ねえ。後で迎えが来るみたいだからな」

「そうか? ならいいけどよ」



そう言って、一護は注文したコーラをすする。
日番谷もため息をつくと、同じく注文した中身をストローでかき回す。たっぷり入った氷がグラスにぶつかって、カラカラと涼しげな音を立てた。



「ま、それなら観光とかしてみたらどうだ? 冬獅郎はともかく、ばあさんがここに来るなんて二度とねえと思うぜ? 俺、案内するからさ」

「まあ、俺は構わねえが……。ばあちゃんはどうしたい?」



一護の提案も、悪くないと思う。しかし普段長い距離を歩く事がない祖母には負担にならないのか、それが心配だった。
しかし祖母もそれには興味があるらしく、ほほ笑みながら頷く。一護は「決まりだな」とニッと歯を見せて笑った。


「突然現世に飛ばされてびっくりしただろうけど、特別問題が起きてる訳でもねえみたいだからな。滅多にねえ経験、楽しんでおかねえと!」



一護はそう言いながら伝票を片手に席を立つ。
特別問題が起きている訳でもない。そうとは言うが、流魂街から突然現世にやってくることは問題ではないのか?
レジへ向かう一護のオレンジ色を見ながら、日番谷は思う。

最初、本当に何事かと思ったのだ。正直言って、警戒心はかなり強かっただろうと思う。
家の扉をくぐった瞬間に、視界を彩ったのは尸魂界にはない建物ばかりの風景。現代風の人間たちが殺到する道路。
日番谷でも警戒心を抱いたのだ、祖母の場合、顕著だっただろうと思う。
会計を済ませた一護が手招いている。日番谷は一つため息を落とすと、祖母を促して席を立った。



「で、観光って言ってもどこかあるのかよ?」

「一応な。冬獅郎面倒がって行かなかったところとか、結構スポットあるぜ? まあ俺に任せろって」



なんだか随分と張り切っているものである。隣で祖母が「よろしくお願いします」と頭を下げたのを見て、またもやため息をついてしまう。
なんだか一護がものすごく楽しんでいる気がするのは気のせいだろうか。



 ***



取り敢えず一同は外へと出ることにした。ああ言ったはいいが、一体どこに連れていくのがベストなのだろうか。
後ろからついてくる日番谷と祖母を横目で見ながら考える。
遊園地に連れて行ってこの少年は楽しむだろうか。それ以前に、そういうところでこのおばあさんに負担がかからないのか、それが心配だ。
日番谷の祖母も日番谷自身も楽しめるところ……どんな所かいいかと一護は考える。



「ばあさん心臓悪いとかねえ? あまりスリルありすぎると何かあったらヤバいよな」

「殺す」

「はい、気をつけます」



ばあちゃんに何かあったらただじゃおかねえ。そう言わんばかりに、殺気をぶつける日番谷から少し距離を取り、苦笑する。

日番谷冬獅郎はばあちゃんっこだ。どこかで、そんなことを聞いたことがある。
恐らくこんなところに来ることは滅多にない祖母を気遣っているのだろうが、確かに手を取って歩くその姿は只くっついているようにも見える。
本人に言えば怒られるのだろうが、これではただ単に日番谷が祖母に連れられて歩いているようにしか見えなかった。



「……何か言いたげだな、黒崎」

「え? な、何でもねえよ! そうだ、ばあさん花好きか?」

「花……?」



思ったことが顔に出ていたのだろうか、どちらにしても、こういうとき日番谷はありえないほどに敏感だ。
誤魔化すように話を変えれば、日番谷は反応して眉を顰める。その横では、祖母がほほ笑んでいた。
きっと、一護の言葉に相槌を返してくれている訳ではない。仲が良いね。その表情は、そう言っている。



「まさか花屋行くとか言うんじゃねえだろな」

「何でだよ。綺麗なひまわり畑があってさ、多分今どきが一番きれいだからさ、行かねえか?」

「ひまわりか……確かばあちゃん好きだよな」

「よし、それなら決まりだな!」



俺はしっかりした答えも聞かずに、そのひまわり畑に通っているバスの停留所を目指す。
ここからバスで30分程度のところにある郊外のひまわり畑。そこはデートスポットであったり、家族がピクニックで集まったりと、とにかく人気のスポットだった。
一護も良くそこには家族で出かけるし、四季によって色が変わるそこは幻想的だ。
夏はひまわりの黄色。秋は紅葉が色づき、冬には綺麗な雪景色が広がる。今度冬に日番谷と来てみてもいいかもしれない。



「そういえば、ヒマワリと言えば黒崎のイメージあるよな」

「は? 何いきなり。たんぽぽじゃねえの俺?」

「…………さっさと白髪になってどっか飛んでけ」



かなり冷めた目で、かなり酷いことを言われた。
普段一護はよく「たんぽぽアタマ」とバカにされる。もうどうでもいいからたんぽぽで割り切っていたのだが、いきなりひまわりだからびっくりしたのだ。
ちなみに二人のそのやり取りを、祖母は微笑ましげに見ている。

取り敢えずバス停が見えたので、そこで足を止め日番谷に訊ねることにした。



「なあ、よくたんぽぽアタマって言うよなお前。いつ俺ひまわりになったんだ、綿毛」

「誰が綿毛だ。行くぞばあちゃん」

「あ、待てって冬獅郎!!」



ぷしゅー、と音を立てながら目の前にとまったバスを見て、日番谷は祖母を促す。一護は慌ててそれを追った。
このバスは乗客が少なく、いつも空いている。殆どの家族は自家用車を使うため、ヒマワリ畑に向かうのにこれを利用するのは老人か小学生のこどもくらいだった。
今回一緒にやってきたのは老人と小学生(のような生意気な死神)。なんか雰囲気になじんじまうな……。まばらに見える乗客たちの顔ぶれを見ながら、一護は思う。



「なあ黒崎」

「ん? どうした冬獅郎」

「あとでヒマワリと一緒に凍っておくか、てめえ」



だから何でそんなに敏感なんですか、貴方は。
剣呑な目を向けられて、一護は思わずため息を落とす。本当に、小学生扱いされることが嫌なようだ。
日番谷はすぐに一護から視線を逸らし、頬杖をつきながら窓の外を眺めている。
もともと老人やこどもしか乗らないからか、かなりゆったりとしたバスのスピード。穏やかに流れる景色は、感情をも穏やかにしてくれる気がした。

暫く進んでゆけば、農家が多くなってくる。ここまで来ると木の方が多くなり、辺りには緑ばかりが見えてくる。
誰も何も言うことはなく、バスの中は静かだ。あと何分くらいでつくだろうか。一護は腕時計を見てみる。



「あ」

「ん? どうした冬獅郎?」


突如日番谷が小さな声を上げた。一護は身を乗り出し、日番谷の後ろから窓を覗き込む。
辺り一面に広がっていたのは、黄色い絨毯。木の緑色を背景にして、それらは咲き誇っていた。
後ろから祖母も覗き込み、関心の声を上げる。



「綺麗だねえ、冬獅郎」

「そうだな……すげえ」

「だろ? 毎年ホントにすげえんだよ」



本当に見惚れている日番谷の表情を見て、なんだか嬉しくなってくる。
一護が初めてこれを見た時も、まだ幼いころだった。毎年のように家族みんなで来ていたこの場所。
母もここはお気に入りで、年に5回は必ず来ていた。



「ほら、ついたぜ。いつまで見惚れてんだよ冬獅郎」

「あ? ああ、悪い。大丈夫かばあちゃん」



祖母の手を引いて、一護の後に続く日番谷。
後ろから彼らがついてくることを確認しながら、一護はバスを降りた。

 

 

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