trip 01

 

3日も休暇をもらうことなんていつ以来だろうか。懐かしい家の匂いに包まれながら日番谷はそんなことを思う。
ここ最近の尸魂界は本当に慌ただしかった。そのため各隊の隊長たちは慌ただしく瀞霊廷を駆け回り、忙しい毎日を過ごす。
それは勿論日番谷にも該当することであり、連休どころか休暇らしい休暇をもらうことすら久々な気がしていた。
そして、こうして祖母のところに帰ってくるのもかなり久々だ。その所為か玄関先で出迎える祖母の表情がいつも以上に嬉しそうに見えた。



「本当に久しぶりだねぇ冬獅郎。元気にしてたかい?」

「ああ、変わらずやってるよ。只最近、いろいろなことがあって忙しかったけどな」



ちゃぶ台を囲みながらかわす会話は、いつもこのようなものだった。恐らく祖母としても、普段どのような生活をしているのか気になるのだろう。
数分日常生活の話をしてから、他愛のない世間話に入る。ここ最近の潤林安の変化。身近で起きたこと。
祖母が見てきた悲しいことや嬉しいこと、楽しかったことなど、日番谷はそれを聞くのが楽しみだった。



「そう言えば雛森も近々来るって言ってたぜ。俺と入れ違いになるかもな」

「そうかい。そう言えば三人そろうことって最近なかったねぇ……冬獅郎が居るうちに桃も来てくれればいいんだけどねぇ……」



祖母はそう言って、天井に視線を向ける。昔の事を思い出しているのかもしれない。
その口元はだんだんと緩み、幸せそうにほほ笑む彼女を見ながら、日番谷も思わず笑みをこぼす。
この何気ないひと時は日番谷にとって最大の癒しだ。瀞霊廷での日常で起こった嫌なことも忘れさせてくれる。



「そう言えば、甘納豆切れてるんだったよ。買ってくるから待っててくれるかい?」

「それなら俺も行く。久々に一緒に買い物に行くのも悪くないだろ?」



ふと思い出したように立ち上がる祖母に倣って日番谷も立ち上がる。
祖母はそれを聞くと嬉しそうに頬を緩め頷いた。

そんな、平和なひと時が流れているはずだった。しかし事件は、二人が家を出た瞬間に起こったのだ。
家の扉をくぐったその先にあるのは、素朴ながらも平和を思わせる懐かしい流魂街の光景。
しかし今回は、何かが違った。いや、何かがと言うモノではない。明らかにおかしいのだ。



「な……何だよ、これ」



祖母と並んで家を出た日番谷は、その翡翠色に映ったモノを見て立ちつくす。
目の前に幹を並べる高層ビル。流魂街だとは思えないほど人通りは多く、道行く者はスーツや制服に身を包んでいる。
とても潤林安とは思えない光景。未知なるその景色に、祖母は僅かながらも恐怖を覚えたのか、日番谷の着物の袖をギュッと握る。
その手が僅かに震えていることに気がついて、日番谷は目を細める。



「大丈夫だよばあちゃん。俺が居るから」



家を出たらそこは異世界だったのだ。恐怖するのも無理はない。戦慄する祖母のしわくちゃの手を握り返し、日番谷は表情を引き締める。
この景色を、日番谷は知らない訳ではなかった。むしろ最近になっては目にすることが多くなった光景。
恐らくここは現世なのだろう。何故いきなりここにやってきてしまったのかはわからないが、ここが尸魂界ではないことはわかる。
そもそも、淡い緑色の着物に身を包んだ日番谷と祖母は今ではあまり見られない格好をしているはずだ。
そのような格好で道路のど真ん中に立っている自分たちに誰一人として見向きはしない。つまりそれは、彼らに自分たちは見えていないということだ。

しかし何故自分たちはいきなり現世にやってきてしまったのだろうか。
何かの障害で、民家の入口が現世と繋がってしまったのだろうか。だとすればこれは前代未聞の問題だ。



(それにしても、厄介なことになったな)



きょろきょろとあたりを見回しながら日番谷は思う。
尸魂界に比べて、基本現世の方が虚の出没確率が高い。そして今日番谷は氷輪丸を持っていない。
即ち、今ここで虚が現れたら日番谷にはどうしようもないということだ。
鬼道でなんとかなるレベルの虚ならそれでいい。しかし最近は藍染の影響か、虚自体が強くなっている傾向があるのだ。

それは斬魄刀を持っているのなら何も差し支えのない程度。しかし鬼道だけとなると、少し困難を極める気がする。
日番谷でもそれには自信がなかった。



「冬獅郎…………」

「ああ。よくわからねえけど、現世に飛ばされたみたいだな。心配ねえよ」



何かあったとしても俺が護るから。そう言うと、祖母は頼もしそうに、しかし何故か少しだけ寂しそうに日番谷を見た。
護りたいから、死神になったのだ。傷つけなくないから、死神になったのだ。それなのにここで護ることができないなんて言える筈がない。
何があっても絶対に護る。日番谷の中に出てくる答えはそれだけだった。

しかし嫌な感じが全くしない。辺りを見回しながら日番谷はそう思う。
敢えて言うのならば、時々一護と現世を徘徊しているときと気分が似ているだろうか。
考えてみたら、彼に現世を案内してもらっているときに虚など出てきたためしがない。
それでもやはり、異常なのには変わりなかった。日番谷は懐から伝令神機を取り出すと、総隊長に問い合わせる。

突然現世に送り出されたこと。それも日番谷だけではなく、祖母まで一緒にだ。
真剣に話す自分の横顔を、祖母が見上げてくる気配を感じる。それでも気にせず、淡々と用件を告げる。
電話の向こうでの総隊長は唸るばかりだった。



『これはまた前代未聞じゃの……他に変化は?』

「特には……」



総隊長はそうか……と言ったきり沈黙する。
恐らくこのような話は前例がない上に、考えたこともないのだろう。その所為か弱っているのだと言うことが分かる。
日番谷も思わずため息を漏らしてしまう。その横で、祖母が不安の色を深めたのでほほ笑んで見せる。
彼女は少しだけ気持ちがほぐれたのか、ほっと表情を緩めた。



『で、一体何だと言うんだネ?』

「うおっ!? く、涅か……?」



いきなり電話口の相手が変わったため、日番谷もも思わず悲鳴を上げてしまった。
その向こうで涅が不愉快そうにしている気配を感じる。日番谷は気を改め息を吐くと訊ねる。



「実家の扉をくぐった瞬間に現世に飛ばされたんだが、どういうことだ?」

『さあ……何なんだろうネ。興味ないヨ、私は忙しいんだ』

「こっちは真剣に聞いてんだ。尸魂界には戻れるのか?」



涅の返答にムッとし、自然と声が低くなってしまう。
祖母はそれに反応するが、日番谷は気にしなかった。



『地獄蝶も無いのだろう? どうやって戻ってくるんだネ?』

「んなもんそっちが送ってくれれば済む話だろうが。普通の方法で戻れるのか?」

『さあ、問題ないのではないかネ?』



何なんだその無責任は答えは。思わず舌打ちをすると「何だネ?」と涅の反抗的な声が聞こえてくる。
とにかく何ともないことに越したことはない。
取り敢えず何か分かったら連絡してもらえればいい。いや、その様子では涅も何もしやしないのだろう。
只、それだけにこれはそこまで問題があることではないということらしい。もしもこれが害を及ぼすほど異常ならば涅だって興味を示す筈だった。
それならそれで、特に追及する気はない。



「取り敢えず迎えをこっちに寄越してくれ。……いや、松本にでも頼むか。悪かったな、貴重な研究時間を割いて」



皮肉をこめてそう言い、通話を切断する。
話の内容が気になったのか、こちらをじっと見つめる祖母に視線を合わせると、問題ないという意を込めて肩をすくめてみる。
それを察したのか、不安の色の宿していた祖母の表情が和らいだ。



「たまには現世の散歩も悪くねえかもな。俺はともかく、ばあちゃんには滅多にできない経験だろ?」

「そうだねぇ……だけど冬獅郎、地形はわかるのかい?」



そうだ、ここは現世といえども、世間は広い。
思わず「やべえ」とでも言うような表情を浮かべながら辺りを見回していると、祖母が噴き出すのがわかった。



「ま、まあ何処に居ても誰かが見つけてくれる。取り敢えず適当に歩いてみよう」



まずはその前に、乱菊に連絡する必要がある。
このことを乱菊が聞いたら何を言うだろうか。そんなことを思いながら、一度懐にしまった伝令神機を今一度取り出す。
今日はやたらと活躍するモノだ。そう思いながらコール音を聞く。
乱菊が電話に出るまでには、そこまで時間は要さなかった。



『え……なんですか、それ』



あったことを説明すれば、案の定彼女は微妙な声を出す。
何なんだ。それはこちらだって言いたいセリフだ。



「とにかく頼む。氷輪丸も持ってねえから正直不安なんだよ」

『珍しいですね、隊長に限って。わかりました、取り敢えずしばらくしたら雛森でもそちらに寄越します』



雛森……? 何故か出てきた名前を訝り、聞き返そうとするが電話は一方的に切られてしまった。
ツー、ツー、となんだかむなしさすら覚える単調な音だけが耳元で鳴っている。
日番谷は思わずため息をつき、伝令神機を懐に戻した。そして祖母を振り返り、その瞬間に思わず口を空けてしまった。



「すげえな……鎖もねえ魂魄なんて初めて見たぜ。もしかしてばあさん死神?」

「く、黒崎!!!」



まじまじと祖母を見ながら、そんな感想を述べているオレンジ頭の高校生。
思わず声を上げると、彼は振り返り「あれ、冬獅郎?」と目を丸くした。

 

 

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