* * * 真夏でも鳥肌は立つ * * *

 

「あたしの妹さ、あなたに会いたい言うん。」

ゆらにそう告げられたのは初夏。蝉の鳴き声、みたいな風流はないけど、周りが湯気に包まれてるように見えるほど暑い。

日差しは極端に強い所とまったく届いてない所に分かれる。でも蒸し暑いのは変わらないのが問題だ。それ以前に問題は山ほどあるけど。

どっちにしろ俺らは温度調整された所にいるから無関係な話しだがな。

「妹?」

「うん、往(ゆく)。」

ゆらがメモリと読みながら言った。「う~ん」と液体を一滴加えたりしている。

ちなみに、宇宙科学と機械科学が飛躍的に発達したこの時代に俺達が経験と通して学んだことは、機会よりも、人間の勘のほうが信用できる、ということだ。

「往って、男みたいな名前だな。」

俺も手を止めずに言う。

「だって、本当に男みたいなんや。」

ポンポンと埃もついてないのにゆらが膝をはたいた。ついでに目線を上げて、周りを警戒するように見渡した。

「ああ!」

ゆらが突発的に叫んで窓を指差す。(ついでに何故かスカートを押さえた。マジで、何故?) 窓の方向へとみんなの視線も向く。

俺に見えるのは湯気に包まれた揺らぐ風景なんですけど、福寿ゆらさん?

「あいつ、うちに連れて帰るっちゅんのに独断で来やがって!」

いやいや、誰っすか、「あいつ」て。それにゆらが今、今までのイメージを壊すような言葉遣いとした。

「室長!休み取ります!」と残して、駆け出した。

「ちょっと、福寿君!」との室長の声で部屋は一瞬だけ静けさに支配されたが、俺は気が付くと身体が勝手に走っていた。

「お、おい!」

室長の叫びが耳に響く。それからやけに静まったが、多分、更に重い沈黙に支配されてるのだろう、と予想する。

俺はゆらが指した方向へと向かう。

「すいません室長。」と小声で呟いた。

自動ドアから身を乗り出すと、説明できそうにもない暑さに襲われた。汗が沸騰した水のように噴き出す。

目まいを覚えながらも、出来るだけ日陰を歩き、ゆらを探した。

探すのは案外簡単だった。

「ちょっと往、あんたなんで...」

「ゆら姐、別にサボってないし...」

「でもあたしはサボって来たん!」

ものすごく簡単だった。この暑い中、まだ騒音を作る気力が残ってる連中が絶えず俺の耳に声を送りつけてくるから。

「大体ゆら姐トロイから誘ってこれるわけないだろ。」

「なんやと?!さっき聞いたばっかしだよ。」

虫除けスプレーを全身に振り撒きながら、むきになった。」

「まぁな。確かにさっき聞かれたけど。」

今出なかったら永遠に姉妹漫才が続いて俺が出てる場面なくなるので、声をかけた。

二人は面白いほど同じタイミングで振り返った。

「ほら自分から来た~。」

往、というのか、福寿妹が勝ち誇ったようにポーズを決める。

「ほら、あんたがうるさいから自分で来よった~。」

同じような文面だがゆらが盛大に溜息をつきながらこぼす。

「ほな、こいつがあたしの...」

「妹の往っす!」

ゆらが遮って福寿妹が大きくピースサインを作る。左手をポケットに差し込んで、なんらかのボタンを押すと、どこからとなくロボットが現れて太陽にも負けぬスポットライトで妹を照らした。

ま、まぶしい...。世界に太陽が二つ存在したら滅亡するの!だから神話で誰かさんが九つ撃ち落したんだって!

「あ、あの、福寿妹さん...」

「往、往って呼べ。福寿妹福寿妹うっさい!」

「往さん...」

「さん付けはいらないけど、何?」

「俺になんの用ですか。」

恐るべし妹。この人はすべての人間の上に君臨する能力を持っている。

「ごめんね。往にお願いがあるんだって。」

ゆらが気まずそうに言う。

「お願い?」

俺が眉をかしげた。言っとくが、俺には財力も知力もオールゼロだぞ。

「ゆら姐から聞いたんだけど、」

あれ、思えば福寿妹は標準語でを喋る。

「あんたの姉、宇宙行ったんだって?」

姉ちゃん?

刹那、黒い渦に巻き込まれたような感じがした。『俺』が、現在からどんどん遠ざかって行くような。

「で、あたしももうすぐ行くんだけど、ねぇ、あんた聞いてる?」

福寿妹が顔を至近距離でのぞき込んできた。その動きが俺にとっては、渉と重なった。

「行くな。」

「え?」

「キャンセルでも逃走でもなんでもしろ。行くな。二の舞になるな。」

自分でも驚くほど硬い口調だった。

「ちょっと、」

「それだけだ。」

身を翻す。汗が噴き出すけど鳥肌も同時に立った。

伝えよう。そうだ、伝えよう。

通信機に着信が来た。見なくても渉だと分かった。

 

 

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