* * * 白罌粟にした誓い * * *

 

俺の肩にのせようとしたのか、渉が手を持ってくる。だが触れる直前に引き返し、行き場のない掌は宙を漂った。

俺が視線を渉に戻すと、渉はあさっての方向に目を逸らした。でもすぐに俺を正視した。正視する、というよりかは凝視だ。

「どうしたんだよ、渉。」

自分でも驚くほど力がなく、声がかすれていた。

「お前...!」

渉が目を見張る。

「気づいてないの?」

「何が?」

やっぱり声が変で、自分が言った言葉ではないような錯覚がする。

「目がすごい濁ってる、ていうか虚ろだ。」

「死んだ魚みたいな?」

「死んだ魚みたいな。」

心配そうに渉が俺を見つめる。それに喋る途中に苦しそうに唾を飲んでいて(はっきりと聞こえたから)、声も若干震えていて、涙を必死に抑え込んでるのは明白だった。

「泣きたいなら泣けよ、渉。」

俺が少し責めるような口調で言う。

「お前こそ、我慢すんなよ。」

反対にかえされた。「もう泣いちまった。」と渉は珍しく荒々しい言葉遣いで、小声で付け加えた。

そのもれた言葉があまりにも自然で、俺はうなだれた。

姉ちゃんは、俺の実の姉ちゃんで、もちろん情もあった。でもどっちも天才の姉ちゃんと幼なじみの渉のほうが馬が合って、それこそ本当の姉弟のようだった。渉のショックも劣らない、いや、俺より悲しいはずだ。つくづく自分の無神経さに呆れた。

「僕ね、」

行きかう人々は息を殺して話す俺達を訝しそうに見つめる。

NASAやめようかなって。」

「それはだめだ。」

ああ、無神経だと俺はまた自分を罵る。

「渉には、NASAに残ってもらいたいんだ。」

「な、んで?」

渉が俺を睨む。

「俺、きれい事は嫌いだがな、」

きれい事は嫌いだ。渉もそれにうなずく。

他の人々のために、などという人は千も万もいる。でも本当に他の人々のために実行する人はその中で何人いよう。そんな正義のヒーローみたいなことを言ってもためになれないものはなれない。守れないものは守れない。

「渉がNASAにい続けていれば、もう犠牲者を出さないのも夢じゃないかもしれない。後の人のために、と言うのもきれい事で終わらないかもしれない。」

俺はこぶしを握りしめて熱く語る。

「かもしれない、か。」

渉が「ふっ」と冷たく笑った。その行動に俺の背に汗がつたう。なにか拒絶されたような気になった。

「この通りだ!」

テーブルに突っ伏す。周りからすると、滑稽に見えるだろう。

「やめてよ。誰も協力しないなんて言ってない。僕が悪者に見えるじゃないか。」

渉が苦笑して頭をかいた。らしくもない

大体、冷笑した時点でお前は悪者なんだよ!

「お前がそんなに必死になってお願いするなんて、らしくない。」

チッ、同じこと言われた、と俺がわざとらしく舌打ちして、勘定を取った。

「オ、オイ」

とまどう渉。

「今日は俺のおごりだ。」

俺がそう言っても渉は俺の肩をたたいてまったく感謝してない声で笑ってくれなかった。

ゆらを探し戻して、渉に送らせた。渉はいやそうに顔をゆがめたけど、ゆらは心底嬉しそうに顔をゆがませた。

どっかの本、『友達の恋を支援する方法』だっけか?で読んだことがある。まぁ、どうでもいいや。

俺は一人で家路につく。やっぱり脳が記憶でいっぱいで、お酒も飲んでないのに多分千鳥足になってる。

目の後ろがカッと熱くなって、俺はとっさに仰ぐ。手も伏せた。

忘れよう、忘れるんだ。でも忘れられない。どうにもならなかった。

寄り道して花屋に言った。今時新鮮な花は珍しいけど、俺は財布の底をはたいた。

温い風が俺の頬を撫でていく。気持ち悪いけど、どこか吹っ切れた感じもした。悪く言うと、自棄。

俺が手に持つ花は白罌粟。花言葉は確か、忘却だ。

 

 

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