「おい。お前、『琉李』か?」
「そうだけど?」
「俺も『留』なんだ。」
「知ってる。読み方同じだから脳に焼き付いてた。でも、漢字がまったく違うし、それより何でここにいるの?!」
わたしとあいつの出会いはある意味最悪だ。



坂本留。
わたしが言うには、学校で一番チャラチャラして、バカなのに校則を法律だと思ってるのか、クソ真面目に守ってる奴。成績は…何気なくできるのにやろうと思わないため常に赤点という悲しいやつ。ただ馬鹿力で走るのが速いだけの野蛮人だ。ルックスだけが驚くほどいいのが気に食わない。しかも時々帰宅中に作る、学校では見られない顔が何か気になる。


きっかけは…
高校の入学式。一生に一度しか満喫できない女子高生、という名。その興奮がすぐに脆いガラスの様に砕け散るまでには長くない。クラス名簿を中学生の時を同じように見て、クラスに向かって、担任の先生の紹介、そして無難に自己紹介…が悪かった。

担任は一目で頭の捻れた人だと分かった。紹介、という簡単な作業を複雑にしようとする。名簿の最後から一人ずつの自己紹介と来た。正直初日に全員の名前を覚えられる自信はなかったし、第一、覚えるつもりでもなかった。そのうちにと思いつつ、茫然と校門近くで桜の花びらが儚く枝から離れるのを見届けた。

桜は好きではない。一枚一枚と落ちる花弁が時折、大切なものから切り離されるものの様に見えてくるからだ。幼い頃からそんな変な妄想癖がついてしまったことも桜のせいだと今だ思っている。反対に桜の花弁を落とす元凶のはずの風は好きだ。

同じような話しで、耳に入った傍らから出て行くのに対して、あいつの自己紹介は一層際立った。
先に男子一人ひとりを食い入るように注意深く見積もっている女子のグループから悲鳴と勘違いするほどの黄色い声を聞いた。目を宿敵から離して張本人を見ると、確かにルックスは悪くない。その時は軽々しい奴だと大して気に止めなかった。

「坂本留です。下り坂の坂に、日本の本、そして留めるの留です。正直何を留めるのか理解できません。るいと読みますが、典型的な留衣じゃなくてよかったと自分は思ってます。衣服を残して魂は旅立つ?なら素っ裸になるじゃないかと非常に疑問に思います。んまぁ、とにかく、よろしく。」

名前を言うところで最後列のわたしがシャーペンを手に突き刺してしまったところを誰も見ていない。顔をしかめたのは痛みだけではなく、あいつがわたしと同じ名前、というところでショックを受けたのが原因の大半を占める。
この後、わたしも大勢の前で自己紹介をしなければならない事実を恨んだ。


次だという緊張感がわたしを満たしていく。長引いて退屈だった自己紹介もあいつのあとは短く感じた。あと一時間くらい、自慢してもいいのにとまで思えるようになってきたのはすべてショックのせいだと決め付ける。

担任の「次!」と言う号令で、教壇へ向かうわたしの足取りは処刑台へ向かい罪人みたいだ。決してわたし自身が罪人のようだと言ってるわけではない。あんなけじめのなさそうな奴と同じ名前だという事実が当時から嫌でたまらなかった。その点、わたしもけじめがあるとは言えないが。

しばらくの沈黙。
「…泉琉李です。坂本くんの『留める』ではないです。勘違いしないで下さい。琉球諸島の琉に、スモモの李です。因みにですけど親族に沖縄出身はいません。よろしくお願いします。」


ちょっと刺の付いた言い方になってしまったのは気晴らしのためだとしよう。言い終わり、すぐに席についた。
騒ぎはなかなか止まらない。他に共通点があるかと探るようにして坂本とわたしを交互に見つめ返す。この時の担任の「次!」は救いの言葉にも聞こえた。

その後、教材などの一式を渡され、ほとんど空っぽだった鞄がすぐにパンパンとなった。どうしても入りきらなかった教科書類を予備の手提げに詰め込む最中も、絶えず噂をする声が耳に入る。誰に対してか、は分からなかったが、そういうのに敏感なわたしはつい被害者妄想を始めてしまう。それに加え、会話がはっきり聞こえるはずの坂本は絶えずニコニコと天使の微笑みを無料で振りまいてるものだから、余計に疑い深くなってくる。



四月初の昼。すっかりピンク色に色づいた道を辿って校門を出る。まだすこし肌寒いこの季節、否、状態を花冷えと言うのだろう。これから三年間、絶えず此処を出入りすることを考えると、わたしの趣味、近道作りに精が出る。まだ猛烈化していない太陽は南に翳していた。海へと続く古ぼけた商店街の小道をわたしは駆けて行った。曲がり角を曲がった時、前にあいつがのんびり歩いてるのを見た。表情は穏やかで、さっきの軽々しい感じは消えうせ、ごく自然な感じだった。穏やかすぎて、思わず足を止めてしまったほどだった。


出会いはそこからだった。

 

 

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