「そういえば坂本って何処に住んでんの?」
「隣の町。」
「ええ!隣の町からわざわざ来たの?そんなにいい学校じゃないよ。」
「学校がいいからじゃなくて、学校なら家の近くにあるけど、この海を帰り道で見れたらいいなって思ったからここにした。」
「変な奴。」



そんな運命的とも言える出会いから早くも一ヶ月が経った。何故だか知らないが、わたしは常に、と言っていいほど帰り道には坂本に出くわした。百花の咲き誇るこの季節、海でもいつになく穏やかな風が吹いていた。いつも会うので、喋らないわけがなく、時々会話もしていた。そこから坂本の趣味も分かった。この果てしなく広がる海が大好きだそうだ。


学校での坂本は入学の時から増して、騒がしくなった。性格の差故か、学校で坂本に話すことは極少ない。もうすっかりクラスでのおふざけキャラとしての定着し、友達も人一倍に出来たはずなのに、帰りは必ず一人だった。そのうえ部活にも入らず、「俺、ずっと帰宅部主義だから。」と最終下校、いや、HRが終わるとすぐさま学校を後にした。回りは建造物で囲まれている高校なため、小道が多く、姿もすぐに晦ます。毎日放課後会っているというのはわたしの小さな秘密となった。


わたしの住んでいる町は港町だ。近年、経済発展の重点に置かれている政府の“おかげ”でたちまち高層ビルも立ち並び、元々一番高かった気象台何て今では他の建物の腰にも届かない。かつて建築物のほとんどを占めていた瓦で作られた古風の住宅は、今や懐かしい風景と化していた。

ただいつまでも変わらぬ海岸に打ち寄せる波、そして吹き付ける風が唯一、今と昔の町を繋ぎとめる糸となった。わたしはいつしかこの懐かしさと安心感を求めて毎日海を見に来た。遊ぶわけでもなく、何かをするわけどもなく、ただ眺めるのが好きだった。わたしは足が痛くなるため、歩くのが嫌いだったのか、それとも単なる好奇心なのか、色々な早道を探し当ててはお気に入りを見つけていた。

その中で多年の探索により、王座に輝いたのが、この商店街を通る道だ。よく幼い頃、祖父母にねだっては、厳しい寒さの中で一人、元気に店を廻っていたものだ。通る度にその時の記憶が津波のように一波続いてまた一波と心に押し寄せてくる妙な物悲しさを雲散させるように、商店街を抜け出したところで、淵のない海が広がっていた。



ザー、ザー、と限りなく続く波の音に耳を傾けると自然と心が安らいだ。今、いつものような放課後、わたしは久しぶりに岩場に腰を下ろした。

「海を見て、波を聞いてると、何か落ち着くんだよ。もうどうなってもいいとも思えてくる。」

水の連なりをバックグラウンドに、わたしは静かに坂本の話を聞いた。


「同感。でもさ、毎日毎日ここに来ていいの?隣町に住んでるなら早く帰らないと心配されるっしょ?」
「別にいいさ。親父は遅くまで帰ってこないから。正直俺のことはどうでもいいんだ、て前から思ってた。もう諦めたんだよな。目的もなく仕事一筋な人だから、親父って人は。」

淡々と言う坂本は笑顔だけど、わたしには寂しい笑顔にみえた。もう開き直ったような感じだ。ガッシャン、と特に高い波が下の岩に崩れ落ちた。派手な水飛沫がわたしの座ってるところまで届きそうだった。

「お前だって毎日来てるじゃん。自分のこと心配しろ。」
しばらくの沈黙のあと、唐突にわたしは聞き返された。

「いいんだよ。よく商店街の家電の婆ちゃんが遊びにくるんだけど怖くてさ。何回も心の中で鬼婆ぁ、て叫んでる。」

「それ家電のおばあちゃんの耳に入ったら確実に殺されるぞ。しかもすぐ近くだし...」

坂本は声に出して笑った。すごく自然で、見てる方もつられて笑ってしまいそうだった。学校の営業スマイルとは大きな違いだ。正直どう使い分けているか疑問に思う。

「別にいいじゃん、口に出して言うわけじゃないし。」


足をばたつかせ、目をまた海に戻した。ふと空を見上げると、一輪の満月が天を昇り始めていた。それは凛としたふいんきへと世界を一変させるほどの清々しさだ。知らぬうちに坂本も岩に腰掛けていた。海のかなたの一点を見つめる瞳からは揺るぎない精神を感じた。わたしはその瞳が何を映してきたか、非常に興味を持った。


「やべ、そろそろ帰らないと課題で徹夜だ。」
静寂を打ち破る坂本の明るい声でわたしは我に返った。彼は身を跳ね起こした。

「明日も寄るな。」
そう言い残し、坂本は小走りをして駆けていった。

「わたしも来るから!」
月光を浴び、遠ざかる背中に向かって叫び返し、わたしも自宅へ踵を返した。すっかり暗くなった砂浜を、月に頼りながら、歩いていった。


“るい”の名前には何らかの縁があるのだろうか。新たな共通点も見つけてしまった

 

 

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