「藍染との戦いもとうとう幕を閉じた。結果としては死神側が勝利を飾ったのだが、損害、特に心の傷は深く、癒えることのできないものとなってしまった。
負傷者の数も多大だったが、それは四番隊、そして井上織姫の協力で回復の兆しが見えてきた。
全体的に暗い雰囲気が漂う護廷十三隊。平和は戻っても、反乱によって失われた信頼の価値の重大さを再び、身体で感じた。」



「ストップ!ネム、こんな楽しい時に暗いナレーションは不要よ!せっかくの嬉しい気持ちが台無しじゃない。」

「私はただ読者のみなさまに今の状況を詳しく知ってもらうために…」
先ほどまで重苦しい内容をノートから読んでいた涅ネムが無表情で顔を上げた。


「それは今の状況じゃないでしょ。今日は気を晴らすために隊長格全員巻き込んだんだから。」

「あっ!乱菊さん、これもおいしいよ!味噌汁アイス!」

「今行くね織姫!たいちょ、状況ネムに代わって説明して下さいね。」
無駄なことに瞬歩を使い、直後に松本乱菊は井上織姫の元に居た。

「何で俺が…」


いかにも嫌そうなことを押し付けられたような顔をし、日番谷隊長が深々と溜息を着く。
「あぁ!冬獅郎!溜息ばっかりつくと幸せが逃げるんだぜ!」

見上げると、眩しくて目を瞑ってしまいそうなほどのオレンジが至近距離で日番谷隊長を追い詰めている。
思わず顔を背け、今度は死神代行、黒崎一護のせいでまた溜息をつく。

「だから!ついた本人だけじゃなくて、周りの人にも影響及ぼすらしいぜ。て言うことは、俺も被害者なんだよ。」

「誰のせいだと思ってるんだ。
 ……。
今回の旅行は暗くなった尸魂界に生気を戻そうと女性死神協会が提案した慰安旅行だ。総隊長の同意を経て隊長格は強制参加。三席から五席に関しては希望だ。その他にも現世組、故に黒崎一護、井上織姫、石田雨竜、そして茶渡泰虎も来ている。
俺としては隊長格と上位席官が抜け出していいのか非常に危惧する。」

「大丈夫さ、多分。それにしても何でここなんだよ。」

ちょっと迷惑そうにに黒崎一護は頭を掻いた。
青すぎる空、椰子の木、砂浜、淵のない淡い海、遠くに見える島。

「何でプーケットにいるんだよ!」
「俺が知るか!総隊長が直々に選んだところなんだから。お前らこそ大丈夫なのか?学校とやらがあるんだろ?」
「それに関しては大丈夫だ。春休みだからな。」
ビニールシートの上に寝転がり、空を仰ぐ一護を残して、日影にある屋台へ日番谷は向かった。


近づいていくと、先客がいるのを発見した。
日番谷を見つけると慌てて立ち上がり、ペコペコとお辞儀をした。
それを店員が不思議そうに見つめた。

「よぉ、朽木。そんなに改まらなくてもいんだぞ。正直外でこうされると気まずい。」
「すみません、日番谷隊長。しかしつい…」

水着の外に風通しのよい白い麻のワンピースを着た朽木ルキアは冷えた水を飲み干した。
同じく氷入りの水を持ってきてルキアの対面に座った日番谷もそうとう暑いのか、汗だくだ。

「それにしても暑いですね。」
「そうだな。総隊長のジィさんの自分に都合よいところばかり探してくれるぜ。」

「総隊長が選ばれた場所なのですか!」


ただでさえ、気温が30℃を上回るのに、強烈な日差しも浴びると、普通の人でも苦しいだろう。この二人の氷雪系の持ち主にとっては拷問に近い。
特に日番谷は力が強いし、しょっちゅう草鹿が氷をねだるので、体力の消費はもっと著しくなる。

所々談笑が耳の入ってくる反対、着いてから数時間しか経っていないというのに、すでに早くクーラーの効いた部屋で蹲りたいと思う人が出始めている。
それに加え、我が物顔で飛び回るハエがさらに図々しさを増す。


唯一の救いが辺り一面に孤独に凛として、ここぞとばかりに咲き誇る蘭の花だ。
熱烈な太陽の光を全体で受け、少しでも高く、長く延びようと背伸びをする。
それはまるでふと天に現れ、儚く、誰にも気付かれずに消える虹のようだった。


(蘭の花言葉は確か…変わりやすい愛情だったな。)

(儚い夢が砕け落ちるようだ。)


会話の消えてしまい、すっかり黙ってしまったのに気付き、ルキアは必死に話題を考えようとした。
「ひ、日番谷隊長、ら「朽木。」」
「はい、何でしょうか。」
「お前って、どこ出身なんだ?」


ルキアが朽木家の養女だということは周知の事実だ。ただ、流魂街での出身地を知る者は少なかった。
仕事中ではない気楽(なはず)の時間だからこそ自然と口から出るものであろう。

「恋次と同じです。… 南流魂街78地区の戌吊です。」

ちょっとした静寂の間があった。遠くでの騒ぎ声が、一層静けさを引き立たせた。

正直78地区は日番谷も行ったことがない。まして生活する様子を想像することは不可能だ。それほど、荒れ狂う地なのだ。正常が無常となり、無常が正常なところ。


それでも、
(なのにこいつの霊圧は妙にやさしい感じがする。俺のとは違う。こいつの降らせる雪は穏やかだ。)

「な、何か悲しい感じにしちまったな。すまない。」
「そんなことありません。」
首をブンブン振るって、否定をした。



「ルキア!冬獅郎!どこにいるかと思ったら此処か。」
和んでいたふいんきを全壊した能天気な奴、黒崎が駆け寄ってくる。

「貴様、とんだKYだ。突然あらわれるな。」
容赦なく頭に平手が向かい、黒崎が、「いってぇ、いきなりそれはないだろ!」と丸まって呻いてるのは見なかったことにして…

「それは仕方ない朽木。黒崎は神出鬼没だからな。」
「そう言われればごもっともです。」

「おい俺を無視すんな。あと神出鬼没で悪かったな。」
「自分でも悪いと自覚してるなら謝れ。」
「とんだ屁理屈だ!」
寂しかったのが一変し、騒ぎ始めた。


(こいつがいるといつも調子が狂うんだよな。)

(こやつの前では変わってしまう。)

((そういう風に人を変える力みたいなものがこいつにあるんだな。))


「そういえばさっき何話してたんだ?」
「一護には関係ない。」
「お前に言う理由がないだろ。」
「即答かよ。」
若干気を悪くした黒崎だが、性格のせいか、すぐに立ち直るのがいいところだ。

「でもさ、何かあったら溜め込まないで相談しろ。いいな。」
兄貴だというせいでもあるのか、真っ直ぐ射抜く眼差しとその言葉は説得力がある。

「言われなくとも分かっておる。」
「へいへい。」
「返事だけはいいんだがな。」

自然と三人とも西へ傾き始めている夕日に目を向けた。
水面に映る太陽は波に揺れ、光を一層増しながら四方八方へと形を崩す。


「ああ!乱菊さん、桃ちゃん!見つけたよ!」
遠くから織姫の声が聞こえてくる。それに目を細めながらやっと掴めた平和な時間を過ごしている。その‘見つけたよ’の対象が自分達だと知らずに。

「黒崎くん、冬獅郎くん、ルキアちゃん。泳ぎに行かない?」
「そうだな。行こうよ冬獅郎。それにルキアも行くだろ。」
「井上の誘いならもちろんだ。」
「それって俺の誘いなら断る、て意味なのか。自分ながら哀れだぜ。」
「ふぅ。仕方ないな。」
「おう!」

大きな燃える炎の星はもう海の水平線すれすれだ。


海へ広がる砂浜を歩きながら、ふとルキアが日番谷に蘭の花を差し出した。

「幸せが来る、も蘭の花言葉の一つですよ。」