林芳音シリーズ番外編‐木俣黎明

 現代の護廷の天才トリオとは、風の噂では俺らの事らしい。別に俺は噂を作ったり流したりする類の人ではないが、九番隊という仕事柄の上、今日も松本副隊長から日番谷隊長の最新の盗撮集が届いていたりする。
 日番谷隊長と言えば、生きていたらその辺の爺さんより年上だと聞いているが、それなら俺も同じだ。俺と同じくらいの歳なら、アレも経験しているはずだが、普通は記憶はないから、当然知らないだろう。記憶がないというよりは段々と死後の生活にとらわれ、忘れていくのだそうだから、俺は生きていた時の思いでが忘れられないほど鮮明なものだったのか、それともここでの最初の六十年ほどがあまりにもあの頃に似ていたからなのか。ともかく、俺には現世での記憶がこびりついた汚れのように取るにも取れない状態にあります。そしてもし日番谷隊長が俺と似た年齢なら、何故彼だけの身長が伸びないのか。そう俺は時々寝る時、羊を数える代わりに考えている。因みに効果は、すごぶる悪い。そしてある夜ふと答えを導き出したのである。もしかしたら日番谷隊長は幼児期に来たため身長が伸びないのであって、俺は成長期にこっちに来たから背が伸びるのと。本人に言った日には俺はもれなく氷象にされそう、いや、確実にされることを妄想する。
 話しを戻そう。とにかく、俺達は気づかぬまま天才トリオになっていた。確かに入隊してからわずか十年で上位席官に就くのは稀なことだが。ここで思い出すのはあの言葉。電球を作ったあの人が言ったあれだ。えっと、何だっけな。
「天才とは99%の努力と1%の天ぷらで出来ている。」
 天ぷら?いや天賦だな。俺の場合、八割の努力と一割の現世での名残りと一割の運で出来ているため、天才とは言わない。幸は九割五分の努力と三分の愛嬌と二分の身分で形成されている。芳音は七割の自尊心と好奇心、才能、勢いそれぞれ一割で出来上がってるため、基本俺達は天才とは言えないかと思う。席官トリオなら嬉々として受け取るが。
 俺はよく言えば己の理念にこだわりを持っているが、執念深いと言われれば終りなのである。つまり天邪鬼なのだ、一言で割り切るとすれば。

 筆を止まらせたまま脳内でそんなことを考えていると、隣から「木俣四席!」と声がする。なんだぁ。そう面倒臭さを隠しもせずに気だるい返事をすると、バンッと今月の原案を机に叩きつけられた。
「なんだぁって四席まで檜佐木副隊長と同じ反応しないでください。副隊長が虚討伐(という言い逃れ)で不在の今、私たち席官だけで頑張らないといけないんです。九番隊の切り盛りをしなきゃならないんです。」
 長ったらしい説教を始めたこいつは顔を確認するまでもなく六席だ。まぁ、誰でもいいが、通信発刊前日は九番隊は虚討伐から外してくれと頼んでないのか?
「俺が推敲するのか?」
 無言で六席が頷く。同意なのだろう。
「この量を?」
 またもや無言で六席が頷く。
 いや、ありえないでしょ。なんで今日まで溜めたんだよ。軽々と百枚超えてますよ、これ。長編小説読ませるつもりですか。それを推敲しろと言うのですか六席お前がやれ。
「俺国語の成績最低だったんだけど…」
「なんのことですか。私にはさっぱり分かりません。第一霊術院に国語という科目はありませんでした。」
 冷たく言い放つ六席。ねぇどうしてお前はいつもそんなポーカーフェイスなの?ポーカー得意なの?ロイヤルストレートフラッシュばんばん出してるの、ねぇ。
 そう聞いてもただ無言の威厳を放つ背中を向けられるだけ。あれ、ここにポーカーなんてあったっけ?この際そんなことはどうでもいい。
 渋々と俺はこの通信ではなく本にして出版できそうな量の原案を前に、先に松本副隊長の盗撮の件を片付けることにした。

 現世の高校の制服姿で食事中の日番谷隊長。現世の服装で机に突っ伏しながらうたた寝する日番谷隊長。現世のデパートで、大方松本副隊長が大量購入した洋服を両手に持ち、ひどくご機嫌斜めの日番谷隊長。現世の黒崎一護死神代行の部屋で分厚い辞書を読破する日番谷隊長。その他現世で…以下略。
ともかく、現世をテーマにした盗撮集を作って欲しいらしい。
 上司を盗撮する部下もあれだが、その部下の前でこうも無防備に写真を撮られる日番谷隊長も日番谷隊長だと通信の編集に携わる一席官として客観的に俺はこう見る。寝顔写真は部屋に仕込んだ隠しカメラとか、お茶に短時間の睡眠薬混ぜたとかそういうの俺は断じて知らないし知りたくもない。それより出来れば関わりたくもない、この共犯みたいな行動。しかしこれも仕事柄故、避けられない道。松本副隊長、あなたは知らないでしょうね。日番谷隊長の盗撮袋とじが出た当日には日番谷隊長ご本人が九番隊まで来て、「おいこれ入れるって決めたの誰だ?編集したの誰だ?素直に出てきやがれ。今なら半身氷漬けで負けてやる。」と鬼の形相で隊員全員を整列させてることを。
 しっかし我らが檜佐木副隊長も何故こんなことを俺にやらせたがる。俺はそんなに使いまわしやすい手駒ですか。必死に俺の斬魄刀、豪炎で編集室を燃やしたくなる衝動を抑える。
そんなこんなでいつも日番谷隊長の盗撮集を手に掛けている俺だから、数回ほど半身凍らせられたことがあるが(正直炎熱系の俺とってかなり苦だった)、数を増せば、日番谷隊長も理解したのか、前述の台詞から「檜佐木引っ張り出せ。」となった。その後副隊長がどうなるかは俺は知ったこっちゃないし断じて知りたくもない。
 上の空状態で手だけを動かしていると、定時の鐘が響く。しかし書類が片付かねぇんだよこの野郎。長編小説読み終わらないだよ。ここはいっそ読み終わったふりして上がるか?いや、あとで六席の厳しいチェックが入るからこの案無理。全く俺は仮にも上司なんだから少しは敬意はらえや。
そんなこんなでサボる方法を思案していた時、ガラガラと扉が軋みながら開く。後で油でも塗っとくか?
「黎明(あきら)いる?」
 遠慮のカケラもなくこの十番隊三席と十三番隊五席は踏み入れてくる。
 仮にも多隊なんだから少しくらいは遠慮しろや。といつもなら速攻愚痴るのだが、今は非常事態だ。少なくとも国語破滅的だった俺にとっては。
「木俣黎明は欠席です。」
 調子こいてそう言うと、回し蹴りが俺の脳天めがけて来る。ひょいと首をすっ込めて避けた。あ、書類が何枚か落ちたぞどうしてくれるんだ。
「自分で言うか!」
「…木俣くん、大丈夫?」
 襟沢幸がのぞき込んでくる。大丈夫だと返そうとした時、俺の言葉が遮られた。
「仮に直撃したとしても黎明は大丈夫だよ。」
 おい何で俺の代わりに答えてんだ芳音。
「飲みに行こうって誘おうを思ったけど忙しいみたいね。」
「お邪魔しましたぁ。」
 お辞儀をして出て行こうとする襟沢と手をひらひらと振るいつもに増して漢気な芳音を慌てて呼び止めた。
「お前ら、国語得意だろ?」
 なんで知ってるの、と流魂街出身林芳音。国語って、なんですかと上級貴族襟沢幸。
 あぁこっちの話と短い茶髪をわしわしと引っ掻き回しながら襟沢を誤魔化した。
「いや、読書好きみたいだしぃ?なんか間違い見つけるの得意そうだし?推敲なんか向いてるかもなぁって思って…?」
 だから何故に?マーク?芳音が的確にツッコむがそこは受け流す。
「単刀直入に言うと、仕事が忙しいから、手伝って欲しいのでしょう?」
 やんわりと襟沢が聞く。まったくもってその通りです。
「なんだ。そんな遠まわしじゃなくてはっきり言えばいいじゃん?」
 それがはっきり言えないんだよ十番隊三席。だって自分では気づいてないかもしれないけど、よしこれで貸し作ったから休日にたかるぞみたいな目してるよ。爛々と輝いてるよ。俺金ないから?給料あるけどないから?こっちだってウチの副隊長に月末ガッポリたかられてるから。
しかし今は仕方がない。

「あ、あぁそうなんだよ~さすがは三席さん。そうそう手伝ってください。」
 手を擦り合わせる。下から目線の俺の鷲色の目は、多分今鷲のような大層なものではなく、ハムスターのようになってるだろう。
「いいけどさ、条件として…」
 ほら来た。俺が首を再び竦める。今回は回し蹴りは飛んできてないけどな。
「終わったら前のあの崖に一緒に来てくれません?」
 襟沢が身を乗り出して言う。
 崖?俺を突き落とすつもりですか?
「違うよ。ほら、院生時代にあたしが見つけたあの見晴らしのいい崖だよ。」
 あぁ、あの花が咲き乱れてるやつな。
 よし、俺の今月の財布は生存できる。そんな安心感にも包まれたわけだが、あともう一つは、まだそんなこと覚えてるのかという呆れと嬉しさだった。そんなん覚えてるのは俺だけだと思ってた。こいつらの記憶伊達じゃねぇ。
 そうして襟沢と芳音は興味津津に俺があれほど嫌悪した長編小説もどきの原案を読みだしたのだ。

「その崖でさ、花見しようよ。」
「おうよ。」

九番隊四席木俣黎明
それが俺の名と肩書だ。
昔、というか前世では二次戦とかけっこう経験してきたが、ここではそんな単純な上下関係だけではなく、もっと違う繋がりも見つけられたのかもしれない。