思いよ届け!

 

「檜佐木副隊長、今月の瀞霊廷通信の記事、まだ判子押してないじゃないですか。」

「あん?」

「明日が発行日なんですけど。」

「へ?」

「そして今は夜の十一時なんですけど。」

さすがに隊員も己の副隊長の様子に焦ってきたのか、声が上ずってきている。

 

「どうかなされましたか?」

「見たら分かねえのかよ!」

その隊員は檜佐木を凝視する。

 

 

檜佐木の今の状態、簡単に説明すればこうだ。

ギターを両手で抱えてソファーに沈み込み、魂のぬけた死人のような顔になっている。

更に付け加えるとすると、拗ねた子供のように目頭がわずかに濡れていて、目全体が潤っている、ということだ。

 

そして目を机の方に向けると紙の山がザッと見、五、六山ある。どれも成人が座っていても影で見えなくなるような高さだ。おまけに書類に通信の案が紛れ込んでいたりして『整理整頓』と大きく書かれたポスターを貼ってやりたいほどにぐちゃぐちゃだ。数枚はもう開け放たれた窓から入ってくる秋の夜風によって地面へと寝どころを変えている。

360度、どこから見ても殺風景な部屋だ。

 

 

「で、何をやっているのですか?」

「見たら分かるだろうがよ。」

うっすらとまぶたを上げ、隊員を睨む檜佐木。

蚊の鳴くような声で、全然迫力がない。

 

「申し訳ございません。私の愚かのもので、ただいま檜佐木副隊長が何をやっていらっしゃるのかまったく見当がつきません。ご明答していただけませんでしょうか。」

隊員の皮肉も嫌味も巨大な壁が跳ね返すかのようにまったく耳に届かない。届かないのだから無表情、無反応でもおかしくない。

 

それはおかしくないのだがこの瞬間に隊員は確信した。檜佐木副隊長はとうとう頭がイカれてしまわれたのだ、と。

 

 

この時、確かに檜佐木の頭は正常に機能していなかった。

頭が正常に機能にない。大抵の理由は他でもない失恋だ。

 

 

* * *

 

 

今日こそは、とは思っていたのだ。なんたって、今日は、乱菊さんと、他の副隊長の飲み会なのだから。

 

 

副隊長全員が集まる飲み会は一年でも一回だけだ。それは意外にも総隊長の提案で、隊同士、隊長だけでなく、副隊長も親睦を深めてほしいからだとか。そもそも最初から副隊長の間では隊長達のような争いごとが少ないので、和やかなふいんきだが、高級料理店で、しかも出費は全部総隊長の負担と聞けば遠慮するものはいるはずがなかった。

 

酒が飲めても飲めなくても、副隊長達の間では密かに楽しみにしている行事であったりする。

特に乱菊さんあたりはその前後一週間は興奮しすぎていつもよりサボってしまう。

乱菊さん曰く、「正々堂々とお酒を飲めるのよ!嬉しくないわけないじゃない!」、らしい。

いつも正々堂々とお酒を飲んでいる乱菊さんが言うことではないと誰もが思う。

 

困り果てた日番谷が飲み会当日、仕事が終わるまで六杖光牢で乱菊さんを縛りつけるという強引手段に出たのもしかたないことだ。でも日番谷のことだから終わっていなくても、「仕方ねぇなあ」と一言で自分の書類と一緒に終わらせたりする。それがほとんど毎年恒例だ。

 

 

とにかく、盛り上がる日だから檜佐木や吉良はその日によい機会を狙っては乱菊さんや雛森に告白しようと目を輝かせるのだが、いつも邪魔が入ってしまったり、時が来る前に酔いつぶれてしまったり、言う勇気がなかったりと、たくさんの問題が出てくるわけだ。数えきれないほどの副隊長飲み会の中で、一度も成功どころか、思いを告白できた試しがない。

 

だからこそ、今年こそは、と檜佐木は拳を握って誓ったのだ。

 

 

 

猛暑こそは過ぎたが、まだの温さの残る風が吹く中、副隊長はいち早く仕事を切り上げ、流魂街を漫遊していた。

何故流魂街か、というと東一地区に店が出来たそうだ。経営者はとある席官の家族というので、ちょうど食べてみよう、ということになった。

味もすごいらしく、出来たばっかりの店にも関わらず、常連までもができるほどの腕前らしい。

 

「お待ちしておりました。副隊長様御一行ですね。いやぁ、弟から話は聞いています。さ、どうぞ中へ。」

出てきたのは眼鏡を掛けた若い男の人で、弟が死神をしているらしい。一見、穏やかでちょっと気弱な感じだ。

 

「今日は酔いつぶれるまで飲むわよ~!」

入るなり、ふいんきが一瞬にして賑やかになる。

「修兵、恋次、覚悟しておきなさいよ。」

「はい、乱菊さん!」という檜佐木の嬉しそうな声は虚しくも、乱菊さんの「雛森、あんたもよ!」にかき消されてしまった。

「ええ?!乱菊さん、だってあたしお酒は無理なんですよぅ。」

 

「ねぇねぇ、金平糖ちょーだい!」

「はい、用意しております。」

「姉さん!何ぼぉーとしてるのよ!」

「流魂街にしてはいいじゃねぇか。俺の家とは比べ物にならんがな、ウッヒャッヒャ!」

「射場さん、酒飲まないんですか?」

「京楽隊長を縛っておいたほうがよかったのかもしれませんね。今はどこに逃げたのやら。」

存在感が薄い私ですな……

「ま、松本さ~ん。ほ、本当にもーだめです

と自分なりにくつろぎ、騒がしくなるのだが……あの二人の瞳は狩りの機会を待つ大型肉食獣動物のように鋭く目標を映していた。

 

 

 

結局宴会中は(いつものように)機会がなく、残りは月も中天にかざす夜中、帰り道の時だけとなった。

吉良は無理やりお酒を飲ませられ、気絶してしまった雛森を送っていったし、今度こそは俺の番かと檜佐木は期待をしていた。

 

(乱菊さんのことだから淡々と言ったら冗談扱いにされるに違いない。ここは、一発、真剣に俺の気持ちを伝えるんだ!断られたら断ってもらわなければ俺はとうていあきらめがつかないんだ!)

今日はいつもより量が少なかったのだ。顔が少し赤みを帯びただけで理性で判断できる能力はまだ持っていた。

 

 

九番隊と十番隊の分かれ道となる曲がり角。今夜は特に明るい、温かみのある月光が丁度当たるところだ。

「乱菊さん。」

緊張して余計に真面目な顔で檜佐木が立ち止まる。

「ん?どしたのシューへー」

真っ直ぐに歩けてない乱菊さんは垂れ落ちるまぶたをほんのわずかに上げる。

「実は、俺……

 

「どうしたのよ~。もしかしてあたしに愛の告白でもするの?」

当てずっぽうで言った一言がギクリと電撃ショックのように襲う。

「実は、そうなん「そんなわけないわよね。あたしは別にそんなつもりないし。」

次々と言葉の槍がグサグサと心の中心点に狂いなく刺さる。

 

苦があっても口に出せない

典型的な例ではないが今まさに檜佐木はこの心情を体験している。

 

『挫けるな!青春は一回限り何だぞ!』と青春の年齢はとっくに超えてるのにクサイことを胸の中で念じていたりする。

「本当なんです!」

思いをぶつける。これが最後のチャンスだ、なんて思っていながら。

「あ、アッハハハハハハ、もう修兵ったら冗談がうまいわ!じゃ、もう行くね!ハハ、アハハハ」

あっけなくスルーされてしまったのだった。

 

 

遠くなっていく不安定な背中を見ながら檜佐木は自分を思いっきり殴った。少しは酔っていたらしい。力加減を間違え、腫れが引くまでに一ヶ月もかかる怪我となってしまった。

(ああ、俺のしたことが!)

心の中でも檜佐木は自分を存分に罵るのだった。

 

 

* * *

 

 

そして今に至る。右の頬はまだ紫色に腫れ上がっており、目を避けてしまいたくなるほど痛々しかった。自業自得と言えばそれで終わりだが。

 

 

「そういうことなんですね。それは誰でも落ち込みますよ。」

部屋はいつの間にか残業中の隊員達が押し寄せてきている。苦情だったり、見物だけだったりと様々だ。

 

「でも檜佐木副隊長。諦めないで下さい!私が言うのもなんですけど、夢を追いかけることが大切なんです!」

「俺なんてもう何回振られてる数え切れないくらいですよ副隊長。いつかは叶いますって。」

みんな口々に慰めの言葉をかける。

 

 

「お、おう。そうだな。まだチャンスはあるんだ。もうすぐの乱菊さんの誕生日にもう一度

檜佐木は目に輝きを取り戻し、やつれていた顔も雲霧消散した。ソファーから跳ね上がる。

 

「その調子ですよ、檜佐木副隊長!」

「私達も応援しますよ!」

 

 

みんな口々に慰めの言葉をかける目的もただ一つ。

 

「なので早く立ち直って、瀞霊廷通信、締め切りに間に合うよう、がんばってくださいね♪」